本論文では,ゲインスケジューリング制御系の設計手法を利用することにより,構造を 持つ補償器を得るための手法を提案している.さらに,超音波モータ制御に応用すること により,提案手法の有効性の検証を行っている. 現実の制御対象に対して制御系の設計を行う場合には,設計面と実装面においてつぎの ことが要求される:(設計面)より高い制御性能を得るために,現実の制御対象にできるだ け近いモデルと,望ましい制御特性をできるだけ正確に表した設計仕様を用いて,保守性 の低い補償器設計を行うこと.(実装面)そのような保守性の低い設計を行った場合でも実 装が容易な補償器を得ることができること.これらの要求に対して従来,設計面ではゲイ ンスケジューリング制御系の設計手法が用いられてきた.これは,一般化プラントがLPV やLFTシステムとして表現された場合に,補償器にもLPVやLFTの構造を持たせることによっ て保守性の低い設計を行うというものである.一方,実装面では得られた補償器の低次元 化や,低次の補償器を直接設計することが行われてきた. しかし,ゲインスケジューリング制御系の設計手法を用いて保守性の低い設計を行った 場合に,必ずしも制御性能が改善されるという保証はない.また,ゲインスケジューリン グを実機へ応用した例の報告はまだ少なく,実際に応用した場合に生じる問題点を把握す ることは実用上重要であると考えられる.また実装面においては,補償器実装の容易さは 補償器の次数だけで決定されるとは限らない. 本論文では,設計面と実装面の要求を満たすために,補償器の構造に注目した設計手法 を提案している.まず設計面においては,近年ニューアクチュエータとして注目されてい る超音波モータを制御対象に選び,回転速度制御上の課題をモデルと設計仕様の2側面で 整理し,それぞれの課題に対してゲインスケジューリング手法を用いた従来の制御系設計 を行う場合の問題点を明らかにしている.つぎにこの問題点を解決する構造を持つ補償器 設計手法を提案し,実験により提案手法の有効性を検証している.さらに,実装面を考慮 したより一般的な補償器設計手法を提案し,補償器の構造を利用すると実際に補償器の実 装が容易に行えることを示している. 本論文の構成はつぎの通りである. 第1章では本論文の背景と目的および本論文の概要について述べている. 第2章では,超音波モータの制御上の問題点と制御系設計に要求される課題を明らかに している.これに対して従来の手法を用いて制御系設計を行う際の問題点を検討し,本論 文の動機付けを行なっている. 第3章では,パラメータ推定に誤差を伴う状況を考え,ロバス ト性能を達成するゲインスケジューリング補償器の設計法を提案している.プラントのパ ラメータが有界で,その推定値が補償器側で利用できる場合には,推定誤差に応じて端点 を切り詰めたパラメータ推定値を補償器側で利用することにより,保守性の低い設計を行 うことができることを示す.ここでの結果は,パラメータを利用しないロバスト制御とパ ラメータの真値を利用する従来のゲインスケジューリングの中間の結果を自然な形で与え ている. 第4章では,第3章の結果を用いて超音波モータの非線形特性を陽に考慮した高精度な 回転速度制御系を設計している.そのために,ステータのセンサ電圧からプラントのゲイ ンを推定できることを利用し,超音波モータの非線形特性を表現するプラントモデルを提 案している.また,回転速度制御実験を行い提案手法の有効性を検証している. 第5章では,超音波モータの回転速度変動がロータの回転にほぼ同期していることに注 目し,修正繰返し制御に基づく回転速度制御系を構成する.実験を行い${\cal H}_\infty$制御系と制御性能を比較することにより,提案する制御系の有効 性を検証している. 第6章では,第5章の結果をさらに向上させるために,周期外乱抑制制御系に対する保 守性の低い設計を行うことを考えている.まず,修正繰返し制御系設計の保守性を低減さ せるために,むだ時間要素のLFTの構造を持つ補償器を仮定してゲインスケジューリング 制御系の設計手法を適用すると,周期外乱を抑制する性能が劣化する場合があることを例 題を用いて指摘している.これに対して,むだ時間要素を含む重み関数を用いた周期外乱 抑制制御系の設計手法を提案し,保守性の低い設計を行っても制御性能が劣化しないこと を示している.また,シミュレーションおよび超音波モータの速度制御実験を行い,提案 手法の有効性を検証している. 第7章および第8章では,実装面を考慮したより一般的な補償器設計手法の検討を行っ ている. 第7章では,一般化プラントが安定なサブシステムを持つ場合に,次数は従来のフルオー ダの設計を行う場合と同一だが,安定なサブシステムを陽に持つ構造の補償器が得られる ことを示している.応用例として離散時間入力むだ時間系の場合にシミュレーションを行 い,提案手法の補償器の構造を用いると実際に補償器実装時の計算時間が短縮されること を確認している. 第8章では,連続時間むだ時間系設計の保守性を低減させるために,むだ時間要素を有 限次元近似し,かつ,補償器の構造を近似誤差のLFTと仮定する場合の補償器設計手法を 検討している.まず従来の設計では実装困難な補償器しか得られないことを指摘してい る.これに対して,むだ時間要素の入力が観測可能である場合に,むだ時間要素と有限 次元システムから構成される実装可能な補償器を得るための手法を提案してい る.また,実際に入力むだ時間系に対してシミュレーションを行い,有限次元 近似の精度を向上させていくと,制御性能が向上することを示している. 第9章では,本論文で得られた結果を総括している.